昨日、いえ、もう日をまたいでしまったので一昨日になりますね。再びの地震。
前回この地域で大きな地震があったのが2月13日だったから、ひと月ちょっとでまたか、という思いでした。
皆さん、大きな被害はなかったでしょうか。
私自身はと言えば、心では備えているつもりでも、いざ災害が襲ってくると円滑な対処が十全にはできないことを改めて反省し、再度確認作業をおこなっているところです。
3月20日は春分の日だったので塾は休みでした。通常であればまさに授業の時間。
あくまで「当塾は」と前置きした上でのことではありますが、不幸中の幸いでした。
ただし、自身の及ぶ範囲だけ見て「不幸中の幸い」という言葉を使うのは不適切かもしれません。この点、何卒ご容赦くださいませ。
塾生を預かる身としては、災害が発生したとき、被害や不安、混乱が極力及ばないよう、冷静な対処とケアで「大丈夫」と言えるように普段から準備しなければなりません。
逆に、平穏時には、何らかの「恐れがある」という仮定に対して「大丈夫」と安易に断定せず、想定し得るあらゆる事柄についてチェックとシミュレートをする必要があります。
臆病なくらいの準備が、いざという時の「大丈夫」の源になるはずだと考えているからです。
万が一にも、前途ある子どもたちにもしものことがあったら、この私の身ひとつごときで償えるものではありません。
臆病者と言われようと、守るべきものは目の前の生命と健康と安全です。
もちろん、塾の勉学についていえば、「臆病な備え」をしなさいとは言わないでしょう。
「最後まで食らいつく備え」をしてほしいと願っています。
一方で、この地域、広くは日本は、東日本大震災やコロナ禍のような「不幸にして起こってしまった災難」に、あきらめずに立ち向ってきた、あるいは、今なお立ち向かい続けています。
取り戻すための立ち向かい方、踏みとどまる立ち向かい方、継続する立ち向かい方、新たな方途を見出しての立ち向かい方。
立ち向かい方は様々です。その総力で社会は動いていくのではないでしょうか。
東日本大震災に地域住民の皆さんと共に立ち向かってきたひとりの人間として、指導力、叡智、尽力、さまざまな分野のさまざまな方々がそうした力を尽くして立ち向かってきたことに最大限の敬意と感謝を忘れずにいたいと思っています。
話題が幾分それましたが、一昨日の地震のような自然災害は、目に見えない、しかも命に関わる脅威です。
それへの「備えの段階」では、あらゆる可能性への恐れを抱いて備える「臆病である勇気」もまた必要なのかもしれません。
それは被害をできる限り回避するために臆病なほどに対策を講じようということ、
結果、人に臆病と思われようとそれを恐れない勇気を持とう、そんな意味です。
本当は「臆病」ではなく、「慎重」という言葉を使おうかとも思いました。
「慎重」と「臆病」は、近くて似ているようでいささか意味もニュアンスも異なります。
「慎重な人」と言われるよりも、「臆病な人」と言われる方が嫌ではありませんか?
私は嫌です。
けれど、あえて「臆病」という言葉を選びました。
嫌な言葉を受け止めることの方が「勇気」がいるからです。
言葉というのはそういものではないでしょうか。
「嫌な言葉」を発する側より、「嫌な言葉」を受ける方が、勇気、もっと言えば、強い心が必要です。
もし、これを読んでいる人で、「嫌な言葉」を発せられて苦しんでいる人がいるなら、その人のためにこの言葉を書き綴っておこうと思います。決して頑張り続けなさいという意味ではありません。心が壊れてしまってはいけません。
「相手に嫌な言葉を発するのは心の弱い人。相手に嫌な言葉を発しないと自分が自分でいられなくなるから。」
「相手の嫌な言葉を受け流せるのは心の強い人。相手に嫌な言葉を発せられても自分は自分でいられるから。」
もちろん、そう簡単に嫌な言葉を受け流せるものではないかもしれません。
そんなことが簡単にできるのなら誰も苦労はしません。
できないから、苦しむのでしょう。
もちろん私もそうです。
それを分かった上で書きましたが、それで気分を害した人がいたら本当にごめんなさい。
でも、ほんの僅かでも勇気になったらなと。
そんな一縷(いちる)の望みをかけてここに書きました。
その思いだけでも伝わったら、あるいは、伝わらなくとも、そういう考えだったとだけでも分かってもらえたらと願うばかりです。
様々な思いが相まって、今日の題目は「臆病である勇気」となっています。
私は人より強い心をもっているわけではないけれど、「臆病である勇気を持ちたい」、最後に今日の主題「災害への備え」に戻って、自分の思いをもう一度記しておきます。
補足1
「臆病である勇気」という題名でこのブログを書きました。自分で考えて書いた言葉でしたが同じ言葉があってはいけませんので、文を書き終えてからgoogleで検索してみたところ、幸いこの言葉は、本日時点でヒットしないようです。
ですが、似たような表現で、日本航空元社長・元会長の松尾静磨氏の言葉に「臆病者と呼ばれる勇気を持て」という名言があるようです。剽窃(ひょうせつ)に当たるといけませんので補記しておきます。
松尾氏がどのような意味で使ったかについては、種々解釈があるようですので興味のある方は調べてみてください。
補足2
余震の続く中、安否確認のメールをくれた塾生が何人かいました。
が、連絡はくれぐれも必ず皆さん自身の、そして皆さんの大切な人たちの安全を確保し、避難行動が十分に取れてから行ってくださいね。
でも、とても嬉しかったです。ありがとう。